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皆さま、おはようございます。
ここ数日、様々なことを分ち合わせて頂きました。ありがとうございます。
ですが、もしかしすると、私を知らない皆さまは、ちょっと驚かれているのではないでしょうか・・・
私の想いに、言葉に、画面から飛び出てきそうなまでの情熱に(^^)
ちょっと、今日は涼んで頂こうと思いまして、苦笑
これまで分ち合わせて頂きました内容の振り返りの意味を込めて、
先月、絵里さんという3歳と、8ケ月のお子さんを持つお母さんに送ったメール、
そして、このメールが、私を再びセラビへと、このブログへと導いてくれた、
私にとっては、”育児への想いの泉”です。
そして ”一人の方の悩み、迷いは、万人のもの”
という体験による確信が、私の情熱の正体です。
その確信は、ここに由来します。
私は、ひとりの方と、1000時間近い対話をした経験があります。
”一人を、知ることは、万人を知る”
これは、この体験を経験にし、ここで得たことを、他の方とも分ち合い、
それはその人の命にも、変化を起こし、人生に革命を起こされた方を知っているからです。
いいえ、何人も実際にコーチングという形で導かせて頂きました。
皆さまも、浅く広いお付き合いだけでなく、
一人の人に自分の人生を懸ける程の想いで、
関係を創造され始めますと、全く新しい景色が、すぐそこで待っています。
そして、人はこれほどにも醜く、そして、これほどにも美しいと感じられ、
人と共に歩むその最大限の醍醐味は、
”自身の命の輝きで、その醜さを、どこまで美に化すことが出来るか?”
ということに気付かれた時、
昨日と今日は、全く新しい世界だと感じられることと思います。
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メールありがとうございました。
絵里さんから、
メールを頂いて思案していました。
どうしたら、
私たちのように、
絵里さん親子に喜びの関係を、
齎すことが出来るのか…と、
私たちの関係は、
他の方々が知られたら、
驚異だと思います。
それは私たちは、
お互いに愛し合っているからです。
いつも…
仲良しでいる時、
一緒にいなくても、お腹の中にいる時と、
同じように、今でも変わらず、
お互いに繋がっています。
ですから、お互いのことを、
手に取るように感じ合っています。
そうですから、私は美楽さん対して、
心配というものがありません…
美楽さんが、2歳の時から、
彼女は私を、パパを愛し始めてくれました。
そして5歳になった今は…
彼女は、自分自身に責任を持ち、
自分の行いに責任をとること、
自らを律すること、
仲良しの心でなければ、
ほんの少しも、
楽しく生きていけないということを、
知っています。
これは、一例ですが、
私に叱られることは、彼女にとって、
「ママ、教えてくれてありがとう」です。
という意識に導くことが出来ると、
それまでの命を浪費する関係から、
命を注ぐ、満たすという、
愛の関係に変容します…
ですが、これまでの道のりは、
思春期のお子さんを持つ、
親御さんのような状況で、
彼女のエゴによって、
とても苦しみました。
どれだけ本気で泣いたでしょうか、、、
それもそのはず、、、
子どもの反抗期には、
幼少期と思春期の二期がありますが、
私は、
2歳〜3歳の自我が芽生える一期から、
隣りのお母さんが、
子どもに優しく微笑んでいるその時に、
心で泣きながら、彼女に厳しくありました。
私にはこの育児に確信がありました。
それは、子どもは、初めてを、
"自分の命に刷り込む"という、
動物本能によって生きていることを
経験によって知っていたので、
すべてにおける、初めてが、
その子どもの一生を左右する!と。
正に、【三つ子の魂百まで】です。
幼少期の親子関係は、
その家族の未来を左右します。
私は、一つの家族に調和が産まれれば、
世の中が、世界が変わると思っています。
私が何か伝えさせて頂くことは、
既に私は自分の人生で、立証済みです。
そして私が出来るすべてのことは、
世の中の皆さんも出来ると、確信しています
ただ、一つの違いは、本気度の差です。
本気で、仲良くしたいか、
目の前にいる方を、
心から愛したいか、です。
私は無責任が、大嫌いです。
ですから、伝えさせて頂いたことは、
それが、得られるまでサポートします。
ですから、
今回頂いた絵里さんのメールに対して、
具体的にお伝えさせて頂くことは、
控えさせてください…
それは、私のエッセンスを
絵里さんがものに出来るまで、
今の段階では、責任が持てないからです。
どれだけでも、
注がせて頂くことは出来ます。
でも、、、
器に穴が空いていたら、
いかがでしょう…?
器が、既に一杯だったら、
いかがでしょう…?
最初から、
注ぐ器がなかったら、
どうしたら良いでしょう…?
私はこれまで本当に沢山の人と出会い、
一人ひとりの人生に寄り添い、
その方の問題を自分のものとして、
捉えてきました。
でも、残念なことに…
信じられないことに、
みなさんは、自ら不幸を望んでいる、
という真実に出会いました。
それをしていては、
また、悲しむ人がいると
分かっているのに、
それを、繰り返す…
私は、
七世代後の子どもたちの笑顔の為に、
今、本気で逆さまの社会を、世界を、
本来の姿に回帰したいと、
自らの命に誓い、10年以上経ちました。
そのためには、
新しい命を、新しいエッセンスで、
育み始めなけば、なりません。
私たちが、親の無意識によって、
沢山の悲しみ、寂しさ、孤独を、
愛以外のものを、注がれ続けたでは、
ありませんか…
もう、
この世界に悲しみは十分では、
ありませんか…?
本来の命の本質、
喜びのエネルギーを、
一人ひとりが創造し始めて、
みんなが、互いの存在を喜び合う、
嬉しいと感じる、そんな関係を、
築き始めませんか?
その始まりが、
母と子という、命の原点からです。
ここが、すべての始まりです。
ですから、
一組の親子の出逢いは、
壮大な愛の物語の始まりなんです。
親もまた、子によって、
自己回帰に導かれて、
命を再生させて頂けるのです。
子どもは、
大いなる命の源から、やってきます。
親が子の光を奪わなければ、
子ほど、愛に満ちた先生は、
どこにもいません…
なぜなら、
子どもが、
親を愛するのは、本能だからです。
理由は存在しません。
無償の愛を注ぐのが、
"子ども"という存在だからです。
ですから、どうぞ、
子どもに、親を愛する苦しみを、
与えないで、下さい。
これ以上の苦しみは、この世にありません。
親が自分の我を子に通し、
子どもが、それに応えようとする、、、と
子どもの命がネジレます。
このネジレが地獄の苦しみの種です。
子どもは、
大いなる命の流れに併せていたのに、
それが通用しなくなってしまった!
という、命の危機に晒されます。
子どもは、親の生き方を、
それは、それは美しく真似ます。
私は断言します。
親が、命の流れに併せて、
愛、調和の精神で生きるなら、
子どもは、絶対に路頭に迷いません。
必ず、真っ直ぐに育ちます。
迷うのは、
心が帰る場所がないからです。
私は、皆さんに比べたら、
子どもの世話は、とても手薄です。
母親てしては、まだまだ不十分です。
皆さんの、
細やかな愛情が、時々眩しいです。
ですから、皆さんもどうぞ私に、
色々と教えてください…
私は、皆さんに、
命の育み方、愛し方を、お教えします…
育児という、
こんな偉大な道のりを、この素晴らしさを、
今の世の中は、どこまで堕とし汚したら、
すむのかと、嘆かずにはいられません。
ですから、
私とご縁のある方だけは少なくとも、
一粒の命から始まる、
この壮大な物語が実在すること、
そして、皆さんお一人お一人の方が、
この物語の主人公になれることを、
知って頂きたいと思っています。
そして、
この物語を創造されたい方が
いらっしゃいましたら、
どうぞご連絡下さい。
準備を整いて頂いた方でしたら、
喜んで私が、
あなたとお子さんの、
本当はそこにあっても、
見えていない、真実の愛の物語を、
紐解かせて頂きます…
それと最後に一つだけ、
私の想いを、願いを、
聞いて頂けませんでしょうか…
もし、私の言葉に何か感じて頂けた方が、
いらっしゃいましたら、
このメールを、皆さんのお友達と、
分かち合って頂けませんか…?
皆さんの、
あなたの子どもたちの、
明るく、楽しい未来の、世界のために!
私は信じています!
今日よりも、明日、
私たちは、笑顔になれることを…
大変長々、失礼しました。
ありがとうございました
▲
by celavi-ninomiya
| 2014-09-03 05:45
| ミラクル育児(干場浩子)
皆さま、今晩は。
今日は、皆さまにとって、どんな時間が流れたでしょうか...?
「とても充実していました。」 「 楽しかった。」「 穏やかな時間でした。」も、あれば、
「あっという間に終わってしまった。」「つまらなかった。」「大した日ではなかった。」「...........。」
という、ノーコメントの方もいらっしゃるかも知れません、でも、一番多いのは、、、、
「特に昨日と変わらない一日だった」 という声のような気がします。
そうですよね・・・いつもと変わらない穏やかな日常は、とてもかけがえのないものです。
でも、目に見える光景は”いつも”と変わらなくても、
目には現れていない(見ようとすれば見ることも出来るのですが...)
”意識”という世界においては、
”気付かれていない”だけで、確実に変化しています。
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皆さまに、一つお訊きしたいことがあるのです。
”今日を、今日という時間に在ったご自身の言動を、もう一度繰り返すことが、出来ますか?”
と、お訊きしたいです。
もし、YESならその方は、ご自身の想いを生きていらっしゃいます。
この生き方の先にあるものは、自分という存在を”創造”するという無限の歩みです。
もし、NOならその方は、ご自身の想いを生きられてはおられません。
この生き方の先にあるものは、自分という存在を”破壊”するという有限の歩みです。
人の生き方には、この、二つしかありません。
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もし、あなたにお子さんがいらっしゃって、NOの生き方に該当するようでしたら、
そのあなたにとっての尊き存在に対しても、破壊行為をしてしまっているという、
あなたが知らない真実を、私はあなたにお伝えします。
そして、昨夜の分ち合いにあった、
”世界平和は、子育てから始まる”という真逆の方向性に向かってしまっています。
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昨夜載せきれませんでした、本の内容を抜粋させて頂きます。
”子育てから始まる世界平和”
まだ言葉の発達の十分でない幼児期にも、
すでに反抗心というものが湧いています。
それは大人たち、
とくに親が知らず知らずのうちに我が子に植え付けているのです。
子どもに反抗的な言葉が少しでもあらわれると、
親は「何事ぞ」と高圧的に抑え込もうとしがちです。
けれども、抑え込もうとすればするほど、反抗の心が強くなるのは、
物理の気体の法則とまったく同じです。
そして、幼児にとっては、
親が子どもに語りかけるときのほんのちょっとの言葉じりの違いによって、
自分が親から否定されたのか、容認されたのか、
敢えて口を挟ませて頂きます。愛が壊れてしまう箇所を見つけましたので。
ここに”容認”とありますが、この意味を定義をご存知でしょうか?
共通の認識の為に、以下に。
ようにん 容認 (本来は認められないことを)よいと認めて許すこと。
「容認」は法律的道徳的に誤っていて本来は認められない物事を、大目にみてよいと認める意を表す}
と、あります。(スーパー大辞林)
容認これが、この意識が、育児の関係に本来なら生じている喜びを蝕むばい菌の一つの正体ですね。
子どもは、この意識を読み取っています。だから、少しずつ親の言葉に不安を抱いてしまいます。
ということで、ここでは、容認ではなく肯定と読み換えて頂きたく思います。おじゃましました m(_ _)m
子どもの感じ方が異なってきます。
その結果は、十年後に大きな違いとなって出てきます。
思春期に起こる様々な問題は、
すでに2歳のときに、その下地ができあがっている可能性が大いにあると思うのです。
アメリカでもヨーロッパでも、そして日本でも、
少年犯罪が多発してします。
これを防止するためには、
全世界で2歳児の扱い方を考え直す必要があると思おいます。
育児の、とくに1歳半から約1年間の時期の、子どもへの対応 -
つまり、子どもに自我が芽生えたときに、
子どもの自我を大切にし、認めてあげること。
自我に潜在している自制心を、上手な言葉かけで引き出してあげること、
このことを、世界中の方々に、ぜひとも実行していただきたいと願っています。
こうしてお子さんを育てていただければ、
無用な嫉妬心や、人と争う心を持たない大人になるでしょう。
そうすれば、
民族や宗教の違いによる問題も、
戦争という手段を用いなくても、
解決できるようになるのではないでしょうか。
世界平和は、お母さん方ひとりひとりの
子育てから始まります。
どうぞ、ゆっくりと、
子どもの「花」を咲かせてあげてください。
内藤 寿七郎 著 子どもの「花」が育つとき p246~248より
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真逆の方向に進まれてしまっているということ、少しでも感じて頂けましたでしょうか...
ご自分の想いを言葉にしていないという状態は、それだけで、”自己否定”だからです。
自分以外の想いを言葉にする時、それはその意識は自身の命と馴染まないので、
”違和感”を覚えます。
ここで覚えるのは、ご本人よりも、そのご自身の肉体という意識の器の身体です。
病とは、本心で生きていない、生きることのできない、その命の想いの歪みです。
ですから、いくら言葉では、思いでは”私は、僕は本心を生きている”と言い張られても、
それが真実か、否かは、身体に現れ、今直接現れていなくても、いつか必ず現れます。
人生の終末に肉体・精神共々健やかでいられないことは、この収穫に他なりません。
子どもという存在は、すべての存在の故郷、大いなる命の源に最も近き存在です。
その”最も近き存在”とお互いに心から笑い合い、喜び合う関係へと進むことは、
大人はこれによって、命の修正を得られ、
子どもはこれによって、共存共栄できる存在と導かれるという、相互扶助の関係に気付かれると思います。
なぜなら、最も近き存在は、何が真実かをまだ記憶しているからです。
ですが、その子が知っている真実という曇りなき鏡は、
扱い方によって、簡単に曇り、輝きを永久に失います。
それは”この世という実態のない世界”のイロハを、最も近き存在の命を染めていく行為からです。
”この世という実態のない世界”とは、 ”大人社会” と置き換えられると思います。
皆さま思いませんか?
”子どものままの心でこの世界を生きていたら、とてもじゃないけれど生きられない” と。
そうです、生きていられないのです。
大人はそれで難を逃れられるかも知れません、ですが、
”それでは生きられない”とあなたが感じる世界を、
生きることを強いられている者たちは、どうしたら良いでしょう??
どうやって、この世を生きれば良いのでしょうか??と、私はあなたに訊きたいのです。
それが、ひとりひとりの”子どもの頃の心では生きられない”という様々な痛み、生きにくさから、
個々が逃れ”大人社会”に適応し始めた瞬間、
この世界に”意識のゴミ”がまかれます。
ここで言う”意識のゴミ”とは、
大人社会に併せた途端その苦しみ、悩みから、難を逃れて気持ちが軽くなった瞬間の意識のことです。
子どもの頃の心のままでは解決出来ずにいた問題が ”軽くなった”としたのなら、
それは、自己満足の解決であって、その人の命においては解決出来てはいません。
そのあなたが負っていた全体における責任から、解放されて楽になったのです。
もっといえば、共存共栄の為に荷う責任を、放棄されてしまい、楽になった、と感じるのです。
そして、その意識のゴミは、他者へ世の中へ蒔き散らかされてゆき、
誰かがそれに責任を取るまで、果てなく続きます。
..................................................................................................
私は、あなたに伝えましょう、そして、見せましょう、
誰かを真に愛するということを、
真に他人を愛するということは、その人の”意識のゴミ拾い”をし、その人の責任を自らが負う行為です。
私のこれまでの人生は、この意識のゴミ拾いがそのすべてです。
................................................................................................
”ゴミを捨ててはいけません”というマナーを守られているかも知れませんが、
本当のマナーや礼節は、意識から生じるものです。
あなたの心が難を逃れて、歪んだ意識をポイ捨てしたのなら、
それによってこの世界はまだ一段と暗くなります。
そして、その意識は誰かの心に、命に影を落とします。
でももし、あなたが難を逃れず、それを解決し、
”大人社会”へ意識を併せることを止め始めれば、
あなたは、この世界に影を落とすものではなくて、
あなたの存在によって、この世界は明るく照らされるのです。
そして、意識という不協和音というゴミを捨てるのではなく、
それを、自らが拾い、自分のいのちを通して、そのゴミを愛によって砕く者となるなら、
あなたは、誰かの命を救うヒーローになるのです。
あなたにもきっと覚えがあるはずです、、、
父親という存在は、あなたにとって、スーパーヒーローであり、
母親という存在は、女神さまや天使さんであった、、、
いいえ、そうあって欲しいと、望み、願い続けた日々があったのではないでしょうか...
もし、お子さんがいらっしゃるのでしたら、思い出して下さい。
お子さんがいなくても、きっとあなたにも、大切な方がいらっしゃると思います。
どなたにとっても ”かけがえのない存在(ヒト)” が・・・
その方のために、今日を、今を生きて下さい。
”今日という日を繰り返せない”の意識の顕れは、自身がその現実を納得していないから です。
あなたはこう思うかも知れません、
”だって、あの人が、仕事が、会社が、環境が、、、etc” と。
それがあなたが、身障者の方のように心が不自由な状態の原因です。
もし、あなたが常に本心を生き始められるのなら、
”子どもの頃の心のままで”生き直すのなら、
人が、環境が、どうであれ、何であろうと、
あなたの心の自由は決して侵されません。
何にも影響を受けなくなり、いつも自分の想いと意志を生きることが常になります。
これは他人を無視するという次元のことではありません。
先に述べさせていただきました、
”自分という存在を創造する”者になる
という、全く新しい、それでいて本来の生きるという軸に回帰するものです。
最後に、私のことを少しだけ・・・
私は、言葉だけの人が嫌いです。
私は、言葉を生きるものです。
ですから、ここで分ち合わせて頂いていることは、
すべて私の生き方そのもであって、現実です。
私は大人になれない子どもです。
これまでずっと”子どもの頃の心のまま”に生きていました。
一度も止めたことはありません。
ですから、毎日、本当に生きることに必死です。
必死でした。
つい最近も、生きることを諦めたい気持ちで、悲鳴を上げていたばかりです。
でも、そのお陰で私は”大人社会”に併せていきることと、ようやく訣別出来たように思います。
これまでは無自覚でしたが、
これからは”自己を創造して生きる”ことを自覚して生き直そうと思う、今日この頃です。
ありがとうございました。
▲
by celavi-ninomiya
| 2014-09-02 23:07
| ミラクル育児(干場浩子)
皆さま、今晩は...
今日のこの分ち合いのことを思い巡らしていましたら、ふと浮かんだ言葉がありました...
”世界平和は家庭から...”
これは昨夜のジョン・レノンさんの想いをより確かに、明確に受け取って頂ける、
そして、私のミラクル育児に確信を与えて下さった、根っ子のような言葉の断片です。
今一度、この言葉の輝きに触れたくて、今本棚から取り出してきました。
それは、この本の終わりに、静かに、ですが圧倒的な威厳を持って、読み手を待っています。
その言葉のとは、、、
”世界平和は、お母さん方ひとりひとりから始まります”
子どもの花が育つとき 内藤寿七郎・著
これは私にとっては、ダイヤモンドのような重みと輝きに満ちている、いのち溢れる言葉です。
1歳になる直前の頃のことです、、、第一次反抗期の兆しが見えかけたその時、
私が美楽さんとの関係で、初めて育児に?が浮かびました。
そしたら、これまでの育児にも疑問符が浮かびそうになって、
迷いの霧が立ち込めそうになったその瞬間、
この言葉に出逢い、一瞬にして霧が晴れ、
育児に自信と進む勇気を与えてくれた言葉です。
いいえ、私の育児に確信を得ました。
それも絶対的な確信を、それがこの私とみらさんとの関係 ”美楽る育児” です。
でも、これは育児に限った事ではなくて、愛の関係の創り方でもありました...
それも、順を追って皆さまと、世界と、分ち合わせて頂きたいと思ってます。
これから漏れる方は一人としていらっしゃいません、
既に、このノウハウは、立証、検証、実証済みです。
この言葉が皆さんにとっても、いのちに響くかけがえのない言葉となりますようにと、祈りを込めて・・・
8/20の夏祭りの際に、確か私は集われた皆さんにこんなことを分ち合わせて頂いたと思うのですが...
子どもの反抗期には、1歳半から2歳の自我が芽生える、第一次反抗期と、
中学生、高校生の思春期に起こる第二次反抗期の2種類があります、と。
そして、自我の芽生えの反抗期は、子どもと真摯に向き合うのなら、
10代の子を持つ親御さんと同じ様に、苦しみと悲しみを抱くのです、と。
今でこそ、美楽さんは優しく穏やかな子に見えますが、
私はその時期、本当に心苦しく、辛く、悲しく、毎夜本気で泣きました。
美楽さんの前で、人知れず一人で...
丁度その頃、主人は長期出張で海外に、
パパっ子の美楽さんに毎夜泣かれてはかなわないと思い、
私たちも、出掛けてしまいました。
私の第二の家族が住んでいるアメリカへ...

滞在中のとある一日です...
その当時の気の強さは、現地の子を泣かせてしまう程でした。
自分の娘の心に、怖さを感じたほどです。
人間の姿をした、獣です。
それはしつけられていない、犬や猫のような野生の動物の持つ怖さに似ています。
この野生人を、人の間で生きられる”人間”に育てるのが、親の責任と自覚しました。
私は、持論がありました。
この時期に出来るだけ、心の雑草を抜いておけば、必ず真っすぐに子は育つ、と。
”心の雑草”とは...
人と共に生きる時、それがあると不協和音を生じさせる心にある思いのことです。
これをこの時期にしっかりと抜いておけば、
後の10代の思春期の親子関係が全く別物になると、私は以前から確信がありました。
このことを、この本でも書かれていました。
ー 子どもは、2歳から3歳くらいの間にも、反抗心や攻撃心が現れたりしますが、
そのままにしておくと、ちょうど泥水をじっと置いておくと上の方が澄んでくるように、
いつの間にか、反抗心や攻撃心も治まってきます。
しかし、それで安心していると、
今度は思春期になって、男の子も女の子もイライラしてきて、
きれいになった水が再びかきまぜられて泥水になってしまう ー
最後に、私は皆さんにお伝えしたい想いがあります。
今の子どもたちも、昔は子どもだった方達も、
これまでの多くの人が、一つの呪縛によって逃れられない苦しみを強いられてきました。
その意識の呪縛が、、、
こうも私たち一人ひとりに、
何かしらの生きにくさを与えているように私は思えてなりません。
そして、今日本人の多くの方が、人間関係に重たさや疲れを覚えているのも、これにあると思います。
それは”良い人でいること”です。
否定的な感情を、否定する風潮が日本はとても強いと思います。
ですが、否定的な感情は良い、悪いという見方ではなくて、
ただ何かしらの理由によって、今バランスを欠いているだけのこと、
と意識を切り替えるのなら、
もっと、私たち日本人は、朗らかになり、他人に、自分に優しくなれて、
お互いに、素顔を見せ合う自然な関係を育めるのではないでしょうか...?
この幼少期のころからの”良い人でいる”という強迫観念にもにた意識の圧迫こそ、
多感な10代を生きる子たちにとって、やり場のない思いを募らせ、逆巻く感情の渦を、
抑え込むことしか術を与えられていない、彼らのいのちが歪みだす最大の原因だと、私は思います。
”すべてのことには必ず理由があります”
だとしたら、否定的と思われる感情さえも、訊いてあげる寛容さを親が、大人が、社会が持つなら、
誰もが、もっと明るく、健やかに10代という短くも生命力に溢れている美しき時代を、
軽やかに駆けぬけることが出来るのではないでしょうか....
きっと、これを読んで下さっているあなたも、否定的と思われる感情を、
抑え込み、その場をやり過ごしているのではないでしょうか...
その感情について、共に対話するという、そんな意識にはならないでしょうか...?
人は誰もが、その心に光と闇を抱いています。
でも、闇は光の一部で、光は闇の一部です。
闇は、光が在って初めて存在出来て、また逆も然りです。
光と闇、善と悪、男と女という二元性の意識を一人ひとりが捨て去る時、
ようやくそこに、新しい時代の息吹を感じられるのだと、私は思います。
新しい時代とは、、、、?
友愛、共存共栄、調和の世界です。
イマジンの歌が探している世界とは、この調和の世界です。
その世界の始まりが、
私たち母親が子どもと過ごす日々の歩みの中で、確かに築かれていくのです。
私は、私たち親子は、このことの証人です。
私たちのいう、仲良しとは、この”調和”の関係のことです。
そう・・・ミラクル育児、奇跡の育児とは、
一組の母子の関係から、これまでに時代さえもしらない全く新しい時代を、
ユートピアとこれまで思われてきた世界を、
現実に自らの手で創造することが出来る!!という育児です。
この育児を始められましたら、
一組の親子関係だけでなく、その兄弟関係も、家族さえも自ずと調っていきます。
一つの家族が調うという連鎖起こると、それは社会に及び、地域が調い始め、
地域が調い始める連鎖が起こると、今度はその影響が国及びます。
そして、一つの国が調い始める連鎖が起こると、今度はその影響が世界に及びます。
イマジンの歌に託された想いは、それに共振している沢山の方の想いは、
決して夢ではありません。
”実現可能な現実”なのです!!
私は幼少期から、物想いに耽ることが好きな子でした。
沢山の夢を見ていました...
でも、同時にとても現実的でもありました。
私は叶わぬ夢を見ることが好きではありません。
何も得られないからです。
二十歳前後の頃は、夢見る夢子と思われていました、が、私はその頃抱いていた思いは、
すべて実現しました。
私は、自分が思い描く想像通りに、人生を創造してきました。
人が言う理想を、不可能を、現実のものとしてきました。
今の美楽さんとの親子関係も、授かる前から思い描いた設計図通り、いえ以上です。
この調和の世界という夢、理想も、実現可能なものとして捉えて、
設計図も、15年以上の月日をかけて構想してきました。
ですから、後は皆さんの思いだけなのです。
”私も、心から喜べる親子関係を、人生を創造したい!!”
という叫びをあげて下さい。
その想いが声になり、個人を他人を社会を動かす力となるのですから...!
皆さんの想いで”自然発火”起こしましょうよ!
すべての事には”臨界点”があって、それを超えると、これまでの非常識が常識となる、
という世界があるのです。
きっと、今の私はこの世の中で見れば”非常識”変わり者かもしれませんね?
私は変わり者で結構でーす!!笑
だって私は現に調和を生きているから、この世界を常に創造しています。
私は人生に引きずられて生きているのではありません、
私が、人生を、現実をリードしているのです。
自分の魂が望む現実を創造することを、もしかしたら自由と呼ぶのかも知れませんね...
皆さんで一緒に、ドラマティっクな人生を、世界を、
想像、 創造しませんか...?
何だかすみません、途中からスイッチが入ってしまい、
テンションが少々高めになってしまいました...
いけませんね・・・ついつい地が出てしまいました...苦笑
暁の刻のせいでしょうかね...
この続きは、また...
皆さまお付き合い下さいまして、
ありがとうございました。
▲
by celavi-ninomiya
| 2014-09-01 23:04
| ミラクル育児(干場浩子)
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